不要不急の対義語は何か

滋賀県高島市の饗庭山法泉寺住職の吉武学です。
人生のお悩みや終活のご相談をはじめ遺言・相続・葬儀・埋葬・終活のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、私たちは「不要不急」の言葉を耳にするようになりました。
外出や移動や接触を控えるようにという政府や自治体の要請に応えるために、私たちは自分の行動や生活を見直す必要に迫られました。
しかし、この「不要不急」の基準は、誰がどうやって決めるのでしょうか。
そして、この基準は、コロナが収束した後も有効なのでしょうか。

私たちは、コロナ以前には、多くのことを「必要緊急」として捉えていました。
仕事や勉強や趣味や人間関係など、すべてにおいて、常に最高のパフォーマンスを発揮しなければならないと感じていました。
それは、社会や経済や文化の発展に貢献するという意味では素晴らしいことでしたが、同時に私たちの心や体や精神にも負担をかけることでした。
私たちは、自分の価値を、自分が何をしているか、どれだけ成果を出しているか、どれだけ評価されているか、によって測っていました。
私たちは、自分の幸せを、自分が何を持っているか、どれだけ豊かに暮らしているか、どれだけ人気があるか、によって判断していました。

しかし、コロナの影響で、私たちは、自分の価値や幸せの尺度を見直す機会を得ました。
まず、通勤が減ったり、在宅勤務が増えたりしたことで、私たちは、自分の時間や空間を自分で管理することができるようになりました。
そして、家族と過ごす時間が増えたり、日々を過ごす住環境に目が向けられたりしたことで、私たちは、自分の生活の質や価値観を見つめ直すことができるようになりました。
コロナ以前は、職住近接がいいから都市部に住むのだとか、住環境を求めて郊外に住むのだとか議論されていましたが、その議論の根っこにあったものが仕事だと気づいた気がします。
仕事の面から離れて何のために家で過ごすのかを皆が考えて、家を選ぶようになりました。

また、オンラインミーティングやリモートワークの普及により、私たちは、仕事のやり方や効率や成果についても新たな視点を得ました。
通勤しないため、直接顔を合わせなくなりましたが、Zoomなどのオンラインミーティングが充実し、一定レベルまでは問題なくなりました。
それどころか出張やその他の事情で遠隔地にいても特に問題なくなりました。
確実にイノベーションが起きているのですが、大勢が必要火急で一生懸命開発していた時期ではなく、不要不急になったタイミングで起きています。
私たちは、仕事の内容や目的や意義についても、より深く考えることができるようになりました。

コロナの規制が緩和されてから、私たちは、コロナ以前の状態に単純に戻ってしまっていることが多々あると感じます。
コロナ以前の人を機械化していくような状態は果たして望んでいる世界でしょうか。
不要不急を違った意味で取り入れていく時代ではないでしょうか。
私たちは、自分にとって本当に必要で大切なことは何なのか、自分にとって本当に急ぐべきことは何なのか、自分にとって本当に幸せなことは何なのか、を見極める力を身につける必要があります。
私たちは、自分の価値や幸せを、自分の内側から発見することができるようになる必要があります。
私たちは、自分の人生を、自分の選択によって創造することができるようになる必要があります。

不要不急の価値観は、私たちにとって、コロナの危機を乗り越えるだけでなく、新しい時代を生きるための指針となるのではないでしょうか。