小学校の算数でだけ起きる問題

滋賀県高島市の饗庭山法泉寺住職の吉武学です。
人生のお悩みや終活のご相談をはじめ遺言・相続・葬儀・埋葬・終活のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。

小学生の子ども二人の学期末の学級懇談会があったので参加してきました。
保育園の頃から、送り迎えや行事などにも参加しているため、他の保護者の顔は分かるのですが、日頃お話をしないので、誰の親御さんだったかすぐに思い出せません。
とりあえず元気にあいさつを交わしておきました。

懇談会では、限られた時間の中で担任の先生からクラス全体の様子、生活面、学習面について説明がありました。
学級懇談会で出る程度の話なので、トラブルの話などは特に出てきません。
クラスの良い面も悪い面もお話しされますが、まあこの年齢ならそうだろうな、というお話ばかりです。

昔と違うのは先生もタブレットで授業中の様子や行事の様子を記録されているので、それを映像として見せてくださるところです。
写真も動画もあるので、先生がクラスの様子を説明された部分が具体的にわかってこれはいいな、と感じました。

タブレットを見せながら先生が話される中で一つ気になることがありました。
2年生のテストの内容です。
「7人の子どもに5個ずつみかんを配りました。みかんは全部で何個ありましたか。」という問題で、式を7×5とすると間違いで、5×7が正しいとして、先生から「家でもご指導ください」と言われました。
小学校の算数の指導では「(一つ分の数)×(いくつ分)」という考え方になっているため、その順番通りでないといけない、のだそうです。

こうした話はだいたい学習指導要領がどう書いているかが問題となるので確認してみました。

ここで述べた被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。
一方,乗法の計算の結果を求める場合には,交換法則を必要に応じて活用し,被乗数と乗数を逆にして計算してもよい。
乗法による表現は,単に表現として簡潔性があるばかりでなく,我が国で古くから伝統的に受け継がれている乗法九九の唱え方を記憶することによって,その結果を容易に求めることができるという特徴がある。

とあります。
ここだけ読むと、ひっくり返しても問題なさそうですが、その続きに書いてあることが混乱のもとになっているのでしょう。

式を読み取る指導に際しては,例えば,3×5の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが5パックあります。プリンは全部で何個ありますか。」という問題をつくることができる。
このとき,上で述べた被乗数と乗数の順序が,この場面の表現において本質的な役割を果たしていることに注意が必要である。
「プリンが5個ずつ入ったパックが3パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」という場面との対置によって,被乗数と乗数の順序に関する約束が必要であることやそのよさを児童が理解することが重要である。

と書かれています。
この指導要領に書かれた「本質的な役割」というのは結局何を指しているのでしょう?
これがいつまでも決着しない掛け算の順番論争の種になっていると思います。

ただ、「(一つ分の数)×(いくつ分)」でなければならない、という表現はありませんでした。
いい加減、決着をつけるために文科省が明快な記載をしてほしいと思います。

もう一つ気になったのは、「90㎝のヒモと50㎝のヒモをつなげました。ヒモの長さは何m何㎝になったでしょう?」という問題です。
90と50を足して140㎝と答えると、問いが何m何㎝と書いてあるので間違い、となるわけです。
先生からも、問題文を改めてしっかり読むように家でも言ってください、と言われました。
ただ、これは小学校でだけ出されるひっかけ問題だよなぁ、と感じるのです。
中学以降なら問いの文末は「長さはどれだけでしょう?」となり、140㎝でも1m40㎝でも正解になると思います。

いずれの例も、それが算数の本質なのだろうか、という点が気になります。
両方の例で間違いとされると、なんとも納得のいかない部分が残り、算数が嫌いになるのではないでしょうか。
しかも小学校卒業後は、誤りとされない内容だというところがなおさらモヤモヤします。

長い間、話題や論争になっている問題ですから、担任や学校だけでどうにかすることはできないでしょう。
数学の権威とか国際的な決め事などでみんなが納得する回答を出してくれないか、と感じます。