水に落ちた犬を叩くな

滋賀県高島市饗庭山法泉寺住職の吉武学です。
人生のお悩み終活のご相談をはじめ遺言・相続・葬儀・埋葬のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。

川崎市の小学校でプールの水を出しっぱなしにしてしまったとして、水道代と下水道代を損害として半額分を校長と教諭に弁償させようと市がしています。

もともとプールには注水を停止する装置が付いていて、今回も作動させましたが、他の装置のエラーとの兼ね合いで停止されなかったようです。
教諭は操作方法に誤りがあったので過失がありますが、故意にやったわけではありません。
しかも、過去にも軽微であっても同様のケースはあったはずなのに、仕組みとして改善されていません。
きっと今後の対策も、複数人で確認する、とかチェックリストを作るといった根性論の話になるのだと思います。

組織に損害が出たときに個人に賠償させる仕組み自体はあっても良いと思います。
仕組みが無いのに賠償を求めることはルール上できません。
故意にやったものであったり、損害が十分に予見できるにも関わらず対応を怠るような重過失に対しては賠償を求めることはあるでしょう。

ただ今回のような過失のレベルで賠償を求められるようになったら、もう川崎市の教員も公務員も上から指示されたことを、ミスをしないことだけに注力するようになるでしょう。
わずかの損害でも請求されるかも、とビクビクしなければいけません。
またこれを前例として、教員や公務員に賠償を求めていくようになるかもしれません。

私の街でも過去の事件の際に、当時その部署にいた職員に市が賠償を求めました。
払った人もいますが、退職した方の多くは払わなかったようです。
私は組合の役員をしていたので、現職の職員の方のサポートをしましたが、納得されていないのに「今後も仕事を続けたいから、周りの視線を考えて払う」と払われていました。
川崎市の校長先生や教諭の方も同様になるのではないでしょうか。

今の日本はミスをした人をいくら叩いても構わない、という風潮が蔓延している気がします。
まさに水に落ちた犬を叩く、といった風です。

そのミスは他の人であっても起きたものではないのか、ミスが起きないような仕組みを組織側は講じていたのか、について検証が必要でしょう。
そして、他の人では起き得ず、その人でなければ起きないようなミスで無い限りは、責任は組織にあるのではないでしょうか。